« January 2005 | Main | March 2005 »

February 2005

February 27, 2005

クラクラクライム

050227011

クラブシルベスト主催のヒルクライム記録会、「クラクラクライム」
に参加してきた。「クラクラするくらい全力で坂をのぼろうぜ!」
っていう意味なのだと思うけど、このイベントを知らない人にこの
クラクラクライムという名前を伝える時、ちょっとだけ恥ずかしかったりする。

だからといって、「ツールド北摂」なんていうのもちょっとヤだし
横文字を並べて、「Silbest Hillclimb Meeting、SHM」
なんてのもヤだ。私のもうひとつの趣味であるアメフトは
とりあえずなんでも英語だ。練習メニューも作戦名もチーム名も
チーム内で誰も英語がしゃべれなくてもすべてイングリッシュだ。
特にチーム名にいたっては、やれギリシャ神話だの、聖者の名前
だのが出てきて、気分はもう植民地だ。
そんな格好つけた横文字が氾濫する中で、埼玉の浦和市(現さいたま市)
に「浦和ウラワーズ」という草アメフトチームがある。

「オレ、アメフトやってるんだ。」っていう時のちょっと得意げな気持ちが帳消し
になってしまうくらいの「エッ、チームの名前? 浦和ウラワーズって言うんだ...」
その絶妙なバランスがとても気に入って、埼玉に住んでいたときには数回
練習に参加させてもらったことがあった。
東京に引っ越して、北千住で練習をしていたチームに入った。
高校時代のチーム名と同じだったからだ。(千住の土手では金八先生の撮影を
よくみかけた。上戸彩はかわいかった、武田鉄也はいつも不機嫌そうだった。)
に入ったのだけど、そこのチーム名を「千住キャノンズ」に変更しよう
(千手観音)とマジメに提案してみたが、あっさり却下されてしまった。
すごくいいと思ったのだけど。

そんな私なので「クラクラクライム」という名前はけっこう気に入っている。
参加するのは昨年の4月末に開催されて時以来で2度目の参加となる。
(年に数回行われている。)前回はまだ坂ってものにほとんど
のぼったことがない初心者だった。4つのステージの合計タイムは
1時間13分ほどで下から2番目だった。
あれからレースにもたくさん出ました、坂ものぼりました、ツールドフランス
だって見に行きました、今年はジロを見に行く予定だし、まあ速くなってなきゃ
嘘だよな...なんて思いつつも少しだけ不安だったので、この間、第一ステージ
を走ってみたところ、昨年4月とほとんど変わらないタイムが出てかなりへこんだ。
で、今回のタイムは1時間9分で下から10番目だった。
10ヶ月たっているのに4分かあ、と思うと悲しくなるが、まあそんなものだろう。
次回は1時間5分を切れるように頑張りたい。

このイベントにはシルベスト以外の人もたくさん参加していた。12歳の女の子
もいたし、BR-1-3といった競技者登録されている人達も多く参加していた。
個人的には、2ちゃんのヒルクライムスレッドで記録を競い合っている人と
一緒に走ることができたのがうれしかった。
同時スタートの第3,4ステージ、3で同着、4では少しだけ先着できた。

050227013

競り合う私たちを後発の「速い人達」が追い抜いていく。少しだけでも付こう
なんて全く思えない、速度が違う、格好いいなあ、って思う。
「平地班」なんて普段呼ばれている人であっても、やっぱり坂だって速い。
かと思えば、普段は速いのに前日の200kmブルべに参加してボロボロに
なっている人もいる、これを今年の練習初めだとのんびり楽しそうに
のぼっている人もいる。前回より10分以上速くなったひともいれば、遅く
なった人もいる。そんないろんな人たちが集まって坂をのぼってタイムを
計測して結果を出す。52分34秒で優勝したのは今年からBR-1で走るOさん
私が昨年6月に初めて100km以上を走る練習に参加し、泣きそうになりながらも
平地でのローテーションについていった後のコンビニ休憩の時
「速くなりましたねー。」と言ってくれた。あの時のうれしさは今でもよく
覚えている。

ジャンケン大会で商品のプロテインが手渡され、集合写真を撮って解散。
もうひとのぼり、って人もいれば、下る元気も無くなってサポートの人の
車に自転車を積んでもらっている人もいる。私は車に戻って、近くの
ファミレスで昼ご飯を食べて、シルベストで後輪のフレ取りをしてもらって
アパートに戻り、二度目の「クラクラクライム」は無事終了した。

お風呂に入りながら、自転車チームはそのスポンサー名や企業(ショップ)名
がつくことはあっても、ニックネームみたいなものはそんなにはないな
って思った。今日も数人の方が参加されていた「Rose Citta'」さんは確か
ショップの名前は別だったよなあ、確か地元の公園から名前をとったんじゃ
なかったかなあ、そういうのってなんかいいよなあ..キレイな響きだし。
関東の「パインヒルズ'90」さんも地名の英訳だなあ、シルベストは
箕面での練習が一番多いよなあ、箕面といえば、やっぱりサルだよなあ。
アメフトチームだったら「箕面11モンキーズ」で決まりなんだけど...
(ちなみに箕面高校のアメフト部はスパイダース、箕面自由高校は
 ゴールデンベアーズ、みなサルはイヤなようだ。)

自転車業界はイタリア語が多いので、猿は「acero」、ついでに箕面と言えば
「もみじ」なのでこれは「scimmia」、「acero scmmia」、アーチェロシンミア
「アーチェロシンミア(舌巻きます)の朝練に参加してるよ。えっ意味?
 ....サルモミジデス」
やっぱり言えないなあ、「クラブシルベスト」、やっぱりこれでいいかも。
しかし朝練に参加するようになって1年近くになるのだけど、「シルベスト」
ってどういう意味なのか知らない、聞けば教えてくれるのだろうけど
なんとなく知らないでいる方がいいような気がしてまだ聞いていない。

「日本から世界へ羽ばたく自転車選手を!
 フジヤマ、サムライ、味噌汁がベストやで!」

で「汁ベスト」→「シルベスト」だったりしたら私的にはとてもとてもうれしい。
長風呂で頭がクラクラになったが、今週も楽しい週末を過ごすことができた。

050227012

クラクラクライムのリザルト

| Comments (0) | TrackBack (0)

February 19, 2005

雑誌

先月に自転車通勤の取材を受けに行った、ファンライドが届いていた。
「掲載されましたら、お送りします。」と言われていたので
ドキドキしながら、アパートの郵便受けを開いた。
P19に私の写真がちゃんと掲載されていた、うれしかった。

「ファウストコッピアルミニウムギャラクシー」と長ーい名前で
愛車が紹介されていた。「アルミニウム」の部分はチューブに
プリントされてはいるが、自転車の名称とは関係ないと思っているのだけど
(古い雑誌の広告では「アルミニウム」の部分だけイタリックに
 なっていた。)
組みあがったばかりだったことと雑誌の取材のうれしさで
すっかり舞い上がってしまって
「ええ、これはファウストコッピアルミニウム・・(略)」
とでも答えていたのだろう。

これでアメフト雑誌、パソコン雑誌、自転車雑誌にと、ほんのちらっとでも
写真が掲載されたことになる。次は男性ファッション雑誌がいいかな。
しかし「POPEYE」って年ではないし、ストリート系はちょっと頭悪そうだし
「MEN'S CLUB」には昔、「街アイ」で撮影はしてもらったけど、掲載して
くれなかった悲しい過去がある、女性誌だが「アンアン」の
「おしゃれグランプリ」にいたっては撮影すらしてくれなかった。
スポーツ自転車にものっているジローラモさんが表紙になることも多い
「LEON」なんてどうかな、って思ったけど
「2001年9月創刊。30~50代、高額所得者層をターゲットに
 ファッション、クルマ、機械式時計を3本柱として・・」
というコンセプトらしい。なけなしの金で買ったユニークダイヤル
を売って新しいフレーム購入資金の足しにしようと思っている私
にはどうやら縁が無さそうだ。

だいたいファッション雑誌って、お金持ちの人以外だと
ファッションにすべてをかけています、のような人くらいしかついて
いけない、靴に10万円なんて出せないよ!って憤ってみたりもするけど
自転車に数十万円っていうのも同じことなんだろう。自転車関連に
可処分所得の大半をつぎ込んでるって人はけっこう多い。

「ローンに教育費に苦しむ30代以降の男性に送る雑誌」
なんてものがあればいいのに。
「大予想、セールまで売れ残るこの冬のGAPアウター」
「腕立て、腹筋だけでモテオヤジになる。」「本物ソックリ!のこのブランド時計達」
自転車特集では「何度でも!チューブラー修理入門」
「温故知新、中古手組ホイールが新しい」「ヤフオクで高く売るテクニック25」
まあそんな雑誌には広告が入らないから、すぐにつぶれるだろうけど
そんなくだらないことを考えるのは楽しい、雑誌に写真が掲載されて
ウキウキしているのでより楽しい、また何かの機会があれば出てみたい。

しかしファンライドなら巻末の「レースリザルト」に名前が掲載されるように
ならないとな。同じ日に取材を受けた、K君もYさんも今年はBR-1
その他の人達もみな、実業団でのレースでがんばっているし、今号の
リザルトにも名前が出ていた。私も今年は登録して、ロードレースは
とりあえず置いといて、ピストの大会にいろいろ出てみようと思っている。
そろそろ冬も終わるし、たくさん走るぞー。


| Comments (0) | TrackBack (1)

February 17, 2005

スゴイ人

先週の土曜日の朝連に参加したら、夏の鈴鹿でチームTTを
一緒に走らせてもらった方の息子さんが参加されていた。
トライアスロンですごく有名な選手だと聞いていたので
さぞかし速いんだろうなとは思っていたけど、100kmちょっとの行程で
速度が上がる区間では、私は後ろの方を走っていたのでほとんど姿を
見ることは無かった。

家に帰って検索エンジンで調べてみると、レースのリザルトが山ほど出てきた。
アテネオリンピックの代表にはなれなかったものの、2004年の日本ランキング1位
その他の国際試合でも好成績を残しているという、この競技の日本のトップ選手の
一人であることがわかった。

中学でのテニス、高校でのアメフトを通じて、(あっ、この人はすごい。)
って思える人がいた。テニスでは私と同じ中学校のO君がそんな人で
一緒に練習していて、(オレはどれだけ努力してもこいつと同じレベルには
なれないんだろうな。)って何度も思わされた。彼はその後、インターハイや
国体などで優勝した。アメフトでも数人そんな選手がいた。彼らは大学や
社会人で活躍して日本代表として国際試合に出たりしていた。
大学時代には歌(オペラ)の学生選手権みたいな大会(コンクール)を聴きにいった
ことがあった。全国の音大を代表する人達が出ていたのだけど、一人だけ
オペラのことなど全くわからない私からしても(他の人とは別格だな。)
と思わせる女性がいた。

草アメフトのチームメイトにも日本代表としてアメリカのチームと試合をした人がいる。
自転車の朝練でお世話になっているチームにも国際大会で活躍した人がいる。
そういう人たちを見ていても思うことは同じだ。
(私の努力の延長上にはこんな動きは存在し得ないなあ。)

100メートル走で日本代表になる人たちは中学生の頃から10秒台で走る。
中学生でたとえば12秒前半くらいで走れれば、そんなに遅い方ではないが
そこからどれだけ科学的なトレーニングを積んだとしても、10秒台には届かないし
国の代表に選ばれるってことは不可能だろう。
普通の人がスポーツをやることによって得られる一番大切なことは
(自分が天才でなく、また天才と呼ばれるような人が存在するってことを知ること。)
だと思っている。努力と運でなんとかなる、というこの社会で広く信じられている
ことが全く通じない世界が存在するってことを知ることは、スポーツ以外の
いろんなことにも役立つと思う。

努力ではどうしようも無いものを持った人が好きだ。
美人であったり、足が速かったり、歌が上手かったり、スタイルがよかったりと
努力と運ってものに左右されない長所を持っている人はそれ以外の人とは
やはり違う。自慢などしなかったり、謙遜したりしていることも多いけど、でも
そんな中にある自分の能力に対する自信というものが、例えば、変動していく
世間の価値観ってものに対して、「興味が無い。」って言わせることを可能にする。
そんな自信を持っていない人が「世間の価値観に興味が無い」と言う場合には、
世間の価値観を否定することを自分のアイデンティティにしてしまいやすいのだけど
そうではなく、それ以上でも以下でも無く(私は興味が無いんだよね。)
と言うことができる。そしてそういう人と一緒にいると疲れることが無い。

そういった人と話をしたりしていると、(この人みたいになりたいなあ。)
と思うことが多い、でも、その人らしさってものを構成している骨格の部分が
(努力ではどうしようもないモノ)であったりするわけだから、変に真似したり
はしないようにしている。

どれだけ努力してみたところで、たいしたレベルには到達できない。
別にその努力の過程が尊いとは思わない、努力しなくても最初から
上のレベルにいることに越したことは無い。自分ってものを過大にも過小にも
評価することなく努力していけたらいいな、と思う。願わくばすぐれた人達の
そのすごさってものを、きちんと認識できるくらいまでのレベルになりたい。
今だったら、自転車のすごい人達の、そのすごさを目で見える距離で見て
圧倒されてみたい。そこまでは努力と運(こっちに期待)でなんとかなれば
いいな、と思う。


高校時代の平野司選手を紹介した記事
(素質に努力そして気迫があってこその一流選手なんだなあ。
 と思いました、北京五輪目指してがんばってくださいね。)

| Comments (0) | TrackBack (0)

February 13, 2005

ハッピーバレンタイン!


050213005

1986年2月14日、私は高校1年生で、学校は受験日で休みだった。
夕方5時、「夕焼けニャンニャン」が始まる、いつもなら
「明日は特別スペシャルデー、バレンタインデーキッス♪」
と歌う、国生さゆりwithおニャン子クラブが、その日は
「今日は特別スペシャルデー♪」と歌った、意味もなくうれしかった。

あれからもう20年になる、国生さゆりは女優になり、長淵剛の愛人に
なり、結婚して離婚した、早いものだ。
昔からバレンタインデーのチョコレートには不自由しなかった。
父親の誕生日が2月14日なので、会社や飲み屋などからいろいろ
もらってきていたからだった。

国生さゆりも年をとったけど、私も父親も年をとった。ちょうど20年前に
やってきた猫もすっかり小さくなってしまった。
今日、2月13日は猫を病院に連れて行って点滴をしてから、1日早い
父親のバースデーツーリングに出かけた。
今年で69歳になるので、69km走ろう、ということなった。
淀川河川敷を豊里大橋くらいからスタートして枚方大橋を超えて樟葉
まで走って、そのまま戻ってきて毛馬から大川沿いを走って、川崎橋
のところから大阪城に入って、適当に距離を調整しよう、というコース。

「父親と一緒に走るなんていいね。」
とたまに言われたりすることもあるけど、速度、体力が違うのでけっこう面倒。
まあでも週末、外に出て日光を浴びて、夏の暑さや冬の寒さってものを
体感しながら、適度な運動をするっていうのはとてもいいことだと思うし
私も独身で時間があるので、クールダウンあるいはアクティブリカバリー
って感じでクラブの朝連を終えてからの午後などにのんびりと一緒に走っている。
それに私がそもそも自転車に興味を持ったのも、父親とこの河川敷を散歩
し出したことがきっかけだった。

最初は2人共、ママチャリで走っていた、そこから安価なMTBになり
私はロード、父親はクロスバイクになった。
ママチャリの時は10数kmくらいの距離だったが、最近は40-50kmくらい走る
ことが多い。体力がついてくるにしたがって、父親の行動パターンが
変化してきた。出不精だったり、一度外出して戻ってきたらもう外には出ない
なんてことが無くなってしまった。大学時代の友人としょっちゅう旅行にいくように
もなったし、ネットで囲碁をしたりと、新しいことにもどんどんチャレンジ
するようになった。私も遅いなりにレースに出たり、ツールドフランスを見にいったり
している、もう一つの趣味である草アメフトでもスタミナが付いたことによって
それ以前よりもがんばれるようになった。

「資本論」が本棚に鎮座している家庭に育った私は、「インターナショナル」
「若者よ」なんて歌を今でも歌うことができる。
「若者よ、体を鍛えておけ、美しい心がたくましい体にからくも支えられる
 その日のために体を鍛えておけ..♪」
70代を目前にしても(だからこそ)肉体の健康を維持していくことは
大事なことだし、その半分の年齢の私にとってもやはり大事なことだと思う。
自転車っていいものだ。

「さて、ぼちぼち出発しょうか、雨が降らないとええな、いざ戦わん(笑)
そんなことをしゃべりつつ、最終地点の大阪城を目指してスタートした。
自転車に乗るようになってから父親との会話が大幅に増えた。
それまではほとんど会話が無かったし、顔を合わせる機会自体が少なかった
のだけど、自転車に乗るようになってからは
「次はどこを走りにいこう。」「あの時の突然の大雨にはまいった。」
なんて話ができるようになった、走り終えたら着替えて一緒に飯を食べに行く。

願わくば機材オタクになっていただいて、デュラとレコードどっちがいい?
みたいな話をしつつ、どんどんパーツを買い換えて、旧グレードになってしまった
ものを私にくれるようになればうれしいのだけど、今のところはあまり興味が
無いみたいだ。

69kmを目指して走り出した私達だったが、途中で前週のリベンジと
ヌートリア探索をしたり(見つけましたなかなかかわいかった。)
私がハンガーノックになりそうになって、ルートを外れてコンビニに
お買い物にいったりして日没が近づいてきたことと、雨が降りそうに
なってきたこともあって、50kmちょっとでこの日のツーリングを終えた。
それぞれ家に戻って、シャワーを浴びて服を着替えて、近所の寿司屋に
いった。ヌートリアや樟葉の自転車止めや向かい風の時に私達を抜いて
いったジョガーの話などをしながら、寿司をつまみ、オチョコで乾杯した。

Happy Birthday &Valentine!


| Comments (0) | TrackBack (0)

February 11, 2005

ディスクホイール

050211001

| Comments (0) | TrackBack (0)

February 09, 2005

ヌートリアを探して

050207002

先週の土曜日に奈良の布目ダムを走ってきて
風呂入って家で休んでいたら、実家の父親から走りにいこうと
電話があった。疲れていたし寒かったの気が進まなかったのだけど
「枚方大橋超えてゴルフ場の近くの池にヌートリアがいるらしいぞ。」
と言うので見に行くことにした。

家から15kmほど走って、たどり着いた池、釣り人とバードウォッチャーが
いた。バードウォチングの人たちのカメラとレンズ一式はカーボンフレーム
にカンパのレコードフルセットくらいの価格がするのだろうか。
年配の方が多いが、着ている服などは最新のアウトドアブランドだったり
する、鳥観察は山登りとの掛け持ちの人が多いらしいのでそうなるのかな。

父親が事務所でパールイズミの機能性アンダーウエアを自慢したところ
事務員さんにあっさりと「そんなの、山歩きする人の間では常識よ。」
と言われてしまったらしい(ヌートリア情報もこの人から)
60歳近くになって、ヒマラヤまでトレッキングにいったりするその方
がいるので、自転車で100km走った、という通常のOVER65歳としては
なかなかのことをしても、(ふーん)で終わらされてしまうのはちょっとだけ
かわいそうだ、「ヒマラヤ」にはなかなか対抗できないけど、今年は
しまなみ街道を走りにいって、本州と四国を自転車で走ったぞ
と自慢してみましょう。

10分くらい目をこらしてはいたけど、ヌートリアは見つからなかった。
まあ巨大ネズミを見つけてみたところでどうってことはないのだけど
一応は本日の目的だったので発見できないとさみしい。
樟葉くらいまで走って、また戻ってきたけどやぱっぱり見つからなかった。

寝屋川新橋くらいで父親と別れて、河川敷から国道に入った。
高校時代のアメフト部の友達がこのあたりで婦人服のショップを開いた
とメールがきてたのでのぞきにいった。
店の中に入って見ると、主にヨーロッパ製の洋服が並んでいた。
大学を出てからずっとアパレル関係で働いてきた彼なのだけど
会うのは数年振りで、すっかり太ってしまっていた。
大学からは弓道をしていて、全日本選手権で準優勝したこともある。
(高校の時からビリヤードが得意で大会などでも入賞していた、
 ちなみにボーリングもうまい、アメフトもレシーバーが静止していたら
 パスも100発100中なのに..とよく言っていた。)

「もう一回、草アメフトでもどう、あるいは自転車なんてどう?」
なんて話をした。アルファロメオが大好きで赤のスパイダー
に乗っていた彼の目に、私の赤いイタリア製自転車はどのように
うつっただろう。

高校時代、真っ赤なユニフォームに身を包んでグラウンドを一緒に
走り回っていた。全国大会の予選であっさり負けてしまい
(私は#96、彼は#25、みんな泣き顔)突然そんな生活が終わった。

もう一回ヌートリアを探しにいこうかと思ったけど、薄暗くなってきたので
家に帰ることにした、夕焼けがとてもきれいだった。

050207005

| Comments (0) | TrackBack (0)

February 06, 2005

The most beautiful bike in the world?

050206001

| Comments (0) | TrackBack (0)

« January 2005 | Main | March 2005 »