ハッピーバレンタイン!
1986年2月14日、私は高校1年生で、学校は受験日で休みだった。
夕方5時、「夕焼けニャンニャン」が始まる、いつもなら
「明日は特別スペシャルデー、バレンタインデーキッス♪」
と歌う、国生さゆりwithおニャン子クラブが、その日は
「今日は特別スペシャルデー♪」と歌った、意味もなくうれしかった。
あれからもう20年になる、国生さゆりは女優になり、長淵剛の愛人に
なり、結婚して離婚した、早いものだ。
昔からバレンタインデーのチョコレートには不自由しなかった。
父親の誕生日が2月14日なので、会社や飲み屋などからいろいろ
もらってきていたからだった。
国生さゆりも年をとったけど、私も父親も年をとった。ちょうど20年前に
やってきた猫もすっかり小さくなってしまった。
今日、2月13日は猫を病院に連れて行って点滴をしてから、1日早い
父親のバースデーツーリングに出かけた。
今年で69歳になるので、69km走ろう、ということなった。
淀川河川敷を豊里大橋くらいからスタートして枚方大橋を超えて樟葉
まで走って、そのまま戻ってきて毛馬から大川沿いを走って、川崎橋
のところから大阪城に入って、適当に距離を調整しよう、というコース。
「父親と一緒に走るなんていいね。」
とたまに言われたりすることもあるけど、速度、体力が違うのでけっこう面倒。
まあでも週末、外に出て日光を浴びて、夏の暑さや冬の寒さってものを
体感しながら、適度な運動をするっていうのはとてもいいことだと思うし
私も独身で時間があるので、クールダウンあるいはアクティブリカバリー
って感じでクラブの朝連を終えてからの午後などにのんびりと一緒に走っている。
それに私がそもそも自転車に興味を持ったのも、父親とこの河川敷を散歩
し出したことがきっかけだった。
最初は2人共、ママチャリで走っていた、そこから安価なMTBになり
私はロード、父親はクロスバイクになった。
ママチャリの時は10数kmくらいの距離だったが、最近は40-50kmくらい走る
ことが多い。体力がついてくるにしたがって、父親の行動パターンが
変化してきた。出不精だったり、一度外出して戻ってきたらもう外には出ない
なんてことが無くなってしまった。大学時代の友人としょっちゅう旅行にいくように
もなったし、ネットで囲碁をしたりと、新しいことにもどんどんチャレンジ
するようになった。私も遅いなりにレースに出たり、ツールドフランスを見にいったり
している、もう一つの趣味である草アメフトでもスタミナが付いたことによって
それ以前よりもがんばれるようになった。
「資本論」が本棚に鎮座している家庭に育った私は、「インターナショナル」
「若者よ」なんて歌を今でも歌うことができる。
「若者よ、体を鍛えておけ、美しい心がたくましい体にからくも支えられる
その日のために体を鍛えておけ..♪」
70代を目前にしても(だからこそ)肉体の健康を維持していくことは
大事なことだし、その半分の年齢の私にとってもやはり大事なことだと思う。
自転車っていいものだ。
「さて、ぼちぼち出発しょうか、雨が降らないとええな、いざ戦わん(笑)」
そんなことをしゃべりつつ、最終地点の大阪城を目指してスタートした。
自転車に乗るようになってから父親との会話が大幅に増えた。
それまではほとんど会話が無かったし、顔を合わせる機会自体が少なかった
のだけど、自転車に乗るようになってからは
「次はどこを走りにいこう。」「あの時の突然の大雨にはまいった。」
なんて話ができるようになった、走り終えたら着替えて一緒に飯を食べに行く。
願わくば機材オタクになっていただいて、デュラとレコードどっちがいい?
みたいな話をしつつ、どんどんパーツを買い換えて、旧グレードになってしまった
ものを私にくれるようになればうれしいのだけど、今のところはあまり興味が
無いみたいだ。
69kmを目指して走り出した私達だったが、途中で前週のリベンジと
ヌートリア探索をしたり(見つけましたなかなかかわいかった。)
私がハンガーノックになりそうになって、ルートを外れてコンビニに
お買い物にいったりして日没が近づいてきたことと、雨が降りそうに
なってきたこともあって、50kmちょっとでこの日のツーリングを終えた。
それぞれ家に戻って、シャワーを浴びて服を着替えて、近所の寿司屋に
いった。ヌートリアや樟葉の自転車止めや向かい風の時に私達を抜いて
いったジョガーの話などをしながら、寿司をつまみ、オチョコで乾杯した。
Happy Birthday &Valentine!
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