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April 2005

April 27, 2005

個人情報

「カナタニさんはヤフオクでしか買わないね。」
自転車屋さんにそう言われてしまうと、ギクッとしてしまうがオークション
や個人間の売買が好きなのでしょうがない。(たまにはお店でも買う(^_^;)
20歳の時にアメリカへ行って、個人売買の雑誌や新聞のBUY&SELL欄
を見た、あらゆるものが個人間で流通していた、
「君はあの男(女)から中古車を買えるか?」という言い回しが、(彼(彼女)は
信用できる人ですか?)という意味で使われるというのを知って、車のような
ものでも個人間の売買が当たり前に行われているんだなあ、とけっこう感動した。

当時はまだインターネットも無かったので、パソコン通信を通じて
いろんなものを売買した。最近ではネットオークションや個人売買
サイトなどをよく使っている。
商品を新品で買って飽きたら捨てる、という時代でもないことだし
個人間でいろいろモノが流通していくのはいいことだと思っている。
私の所有する自転車に関してもロード、ピスト、MTB共にユーズドフレーム
にユーズドパーツが多い、いつかは新車を買いたいものだ。

で、個人間の売買で問題になるのはトラブルだ。
「ネットって詐偽とか多いんじゃないの。」って言われたりもするけど
極端に安すぎる、といったところなどに最低限気を配っていれば
そうそう問題は起こらないと思う。

しかし、ついこのあいだ
「お金振り込んだんだけど、商品が届かないんだよ。」
と友達から相談を受けた。オークションで自転車関係のものを落札して
相手の指定する口座にお金を振り込んだのだけど、そこから1週間近く
たっても商品も届かないし連絡も来ない、電話をかけてもつながらない
ということだった。
(再度連絡してみる、オークションの補償を調べる、警察に行く)
というごく当たり前のアドバイスをしただけだったのだけど
ついでにその取引相手の情報を教えてもらった。(住所、名前、携帯電話
の番号、オークションのID)、その情報を使ってネットでどこまで調べられる
ものなのか、遊び半分にやってみた。

珍しい名字だったこともあって探しやすかった。
レースにもけっこう出ている人でMTB、ロード共に好成績を
残している登録選手だった。そしてその所属チーム名を調べると
九州地方の有力チームで、MTBとロードとでは所属チームが違う、
もしくは移籍したみたいだった、携帯電話の番号は九州地区のドコモで
契約されたものだった。
名字と名前の間にスペースを入れたり、名字+チーム名で調べるなど
いろいろやってみると、それまで出てこなかった情報が出てくる時もある。

所属チームの掲示板では本人とおぼしき人が書き込みしていた。
オークション終了後のやりとりはプロバイダーのメールアドレスだったけど
そこの掲示板ではヤフーのメールアドレスを利用していた。
で、そのアドレスのIDでオークションを検索していくと
友達が落札した相手とほとんど同じ内容の自転車関係のものを
これまで出品してきたことが取引履歴からわかった。特定のメーカー
の特定の商品を新品で即落価格を設定して売っていた、オークションに
使われた写真の背景に写っている部屋の様子もそっくりだ。これまでの
取引履歴の中では大きなトラブルは無いのだけど入金や発送が遅れたり
することはけっこうあるみたいで、また複数のIDを使い分けて自分の出品物の
値段を吊り上げたりしているようで、たまに吊り上げ失敗で自分で自分の商品を
落札してしまい、その場合は落札者がキャンセルした、ということで「悪い」という
評価履歴が残っていた、それぞれのIDの出品履歴はやはりよく似ている。

彼の所属チームの掲示板に
「そちらのチームに所属している○○さんとネットオークションで
取引したものです。お金をすぐに振り込んだのですが、それ以降
全く連絡が取れません。○○さんが詐偽を行うとも思えませんので
彼のIDを誰かが乗っ取っているが可能性もあります。
詳しい状況を知りたいので○○さんと連絡をとっていただけない
でしょうか?」
とでも書き込んだりしたら面白いかも、と思っていたのだけど
友達から連絡が来て、20回くらい携帯に電話し続けたら、相手から
やっと連絡(メール)が来て、これから発送します、だって。
まったくふざけるなよな。と怒っていた。
まだ商品は届いていないので、まだどうなるかわからないけど
とりあえずはなんとかなりそうだ。
出品者とその九州の人が完全に同一人物かどうかはわからないけど
(かなり珍しい名字と名前だし、間違い無いとは思うけど。)
ネットで検索するだけで、いろんなことがわかってしまう時代
なんだな、と思うと少し恐くなった。

以前から自転車のレースのリザルトなどはフルネームでは無く
名字だけにして欲しいと思っている。このあいだの3day熊野の
初日の金曜日は、変則的な手を使って会社を休んで来ていた人
だっていたことだろうと思う。
小説家の村上春樹はマラソン好きだけど、マラソンに出場する時は
レースネームみたいなものを使っているらしい。自転車の場合は
落車&怪我による保険の関係もあり、エントリーに本名以外の名前を
使ってもいいのか考えてしまうけど、本名を書いた上でリザルトなど
の名前のところには、別の表記(山田優→山田ゆう)を使用する
というのが可能だったらやってみたい。今のところは詐偽の予定は
無いのだけど、DNFの記録がいつまでも残るっていうのはいい気分
では無い(^_^;)


さて、オークションで掘り出しものでも探そう。

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April 25, 2005

モールトン

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友達が黄色いAPBのモールトンを買った。
(また一台、自転車増やしたのか、ロードにMTBにクロスに・・)
なんて思っていたところ、なんとこのモールトンは九州にいるお父さん
へのプレゼントにするんだそうだ。
ええ話やなあ、と思った。

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April 24, 2005

勝利の喜び

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自転車のレース、最近では怪我をしたこともあってホームページの
更新以外はあんまり参加できていないバイソンズ(草アメフト)なのだけど
春のトーナメントが始まったのでサイドラインでのスタッフ(お手伝い)として
参加してきた。

対戦相手は昨年度の秋の西日本で優勝している京都のチーム。
一昨年は私たちが優勝しているので、ちょっと大げさな言い方をすれば
「草アメフト内の強豪チームが一回戦から激突」みたいなものなのだけど
先々週の対戦相手の試合のビデオを見たところ、対戦相手の方が個々の
選手の技量もチームとしての総合力もかなり上だなあと思っていた。

強い相手に勝つ(アップセット)を起こしうるところがアメフトの面白いところ。
戦術面、ゲームプランといったものが勝敗に相当大きく関わってくるからだ。

この試合、私たちは、攻撃では進まなくてもいいから、ひたすらランプレイ
を繰り返して時計を進め、相手の攻撃回数を減らす。リスクの高いプレイは
使わない。ディフェンスはある程度やられるだろうけどこれも時間を消費させて
ロースコアゲームに持ち込む、そしてこちらのミスによる攻守交代はゼロにし
相手からは2つ以上奪う、キッキングゲームでミスをしない。
といったゲームプランでのぞんだのだけど、当然のことながら我慢の連続となる。
オフェンスは一向に前に進まなくてイライラしてくるし、ディフェンスからすると
(また出番かよ。)となる。そうなってくるとこちらにミスが出てくるし
(いっちょやってやるか。)とリスクの高いプレイ選択をして墓穴を掘ることになる。
だから草アメフトレベルではアップセットというのはほとんど無い。
実力の拮抗しているチーム同士以外は、ほとんど予想通りの結果となる。

私たちは昨年までは、国際試合にも出場した経験のあるQB(攻撃の司令塔)
と実業団でも活躍していた守備のベテランといった個人の能力で試合を
戦ってきた、自分たちより弱い相手には負けなかったが、強い相手にも
勝てなかった。今シーズンは大学出たてくらいの選手達の加入により、若返りの
方向に向かってはいるが、実力的には一昨年、昨年よりも下回っている。
そして対戦相手はここ数年どんどん力を付けて、昨年の秋のシーズンは
西日本に敵無しといった感じになっていたチームなので、もちろん勝利を
目指して試合にのぞんだわけではあるが、正直、相当に厳しいだろうな
とは思っていた。

この日、QBもベテラン勢も仕事の都合などでこれない中、若い選手達が
中心となり懸命にゲームプラン通りの試合運びをした。こちらの攻撃は全く
進まない。相手の攻撃はどんどん進むが要所でインターセプトなどで
ボールを奪い取る。そんなチャンスにキックを蹴りこみ、3点を取る。
すぐに取り替えされるが、今度はベテラン37歳が相手ボールを奪い
そのまま走ってTD、相手もすぐにTDを取り返し逆転された。そこから、攻撃は
また我慢の繰り返しで時間を消費して、ラストQに入った。そしてそれまで
ひたすら繰り返してきたランプレイからパスプレイに転じ、ランプレイへの対応
のために、前方に位置していた相手の守備を一気に抜き去り独走TDを奪い
それが決勝点となった。

個々の能力も人数もすべて相手が上、トータルの獲得ヤードも相手の方が
圧倒的に上だろう、でも試合に勝ったのは私たちだった。
こういうことが可能になるからアメフトっていうのは楽しいし、またそれができない
レベルはアメフトでは無いと思っている、だからいつも自嘲気味に「草アメフト」って
言葉を使っているのだけど、今日のゲームはフットボールと言っていいもの
だったと思う。(もちろん大学や実業団などの上位とは比べものにはならないが。)
皆の緊張が最後まで持続して、そこに運があるていど荷担してくれることにより
起こる予想外の展開、それがあるから団体スポーツは楽しい。

本日まで行われていた、自転車の実業団レース、3DAY熊野でクラブシルベスト
の藤岡徹也君(高校生)が見事にBR-2,3で総合優勝を果たした。
彼は強い選手ではあるけど、出場選手の中には彼よりも個人TTをやらしたら
速い人っていうのが何人かいたことだろうと思う。
もちろん彼の才能、努力、がんばりってものがあったからこその結果なのだけど
ホビーレースと違って、団体競技の側面を大きく持つ実業団レースだったからという
ところも大きいのだろうと思う。10名程のチームメイトが同じレースに参加していた。
3日目のレースでは、皆が(彼を総合優勝させてあげたい。)と思っていたことだろう。
そしてそれに応じた展開を作り上げ、最後は先月の実業団マスターズで準優勝した
沼前が徹也君を引いて先頭に出て、そこから飛び出した徹也君が先頭でゴールライン
を通過して優勝、三日間の総合優勝も手にした。

アメフトでも人数の多いチームは、選手交代をどんどんして絶えずフィールドに
元気な選手を送り込むことが可能になり、人数の少ない、高校や大学2部以下
草アメフトなどでは、それによる差がとても大きなものになる。
判官贔屓の日本人の例にもれず、私も人数の少ないチームをつい応援してしまうし
国内の自転車レースのシマノレーシングの余裕たっぷりのレース展開を見ていると
人数の少ない他のチームを応援してしまう。熊野のBR-2,3におけるクラブシルベスト
も他チームや観客の方からすれば、そのように見えたのかもしれない。でも、それが
団体スポーツってものだとも思う。(BR-1だけが団体スポーツで、それ以下は個人間
の競争でいいじゃないかという考え方もあるとは思うが。)

アメフトにおいて、オフェンスラインというボールを持って走ったりする人の
アシスト的なポジションをずっとやっているが、試合に勝った時に、誰よりも
喜んでいるのはオフェンスラインであるように、徹也君の総合優勝は一緒に
参加した皆にとっても優勝であったことだろうと思う。
アシストした人達、宿舎で料理を作った人、マッサージをした人らのがんばり
もあってこその団体スポーツとしてのチームの勝利だったのだと思う。
バイソンズとクラブシルベストのチームメイトが皆、勝利の喜びを味わった
すばらしい日曜日になったことをうれしく思います。

決勝点となった、ショートパスからの独走TD(MOV形式、7メガ、要クイックタイム)

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April 22, 2005

ピストハンドル

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ピストハンドルが届いた、すっごく重いけどキレイだ。


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April 21, 2005

自転車男

国道を気持ちよく走っていると、車道と歩道を隔てている
かなりしっかりした鉄柵の道路側に子供がもたれるようにして
座っていて、その横に女性がオートバイのヘルメットをかぶった
まま少しかがんだ姿勢で話しかけていた。
(事故なのかなあ。)と思いながら、少し進んだところで止まって見て
いたが、そこから動く様子が無いので歩道を走ってそこまで戻った。
大丈夫ですか、と声をかけてみたところ、子供がこんなところに座り込んで
いるから、危ないから歩道の方に移動しなさいって言っている
のだけど、手すりをつかんで動こうとしない、ということだった。

小学校低学年くらいの小さい男の子だったので、ちょいとゴメンよ、とかわいい
指を手すりからほどいて、子供の体ごと両手で持ち上げて歩道側に置いた。
そうしたら今度は歩道の端っこにある金網をつかんで座り込んでしまった。
まあでもこれで心配は無くなったな、さて先を急ごう、と思ったのだけど
女の人はまたさっきまでのように子供の横にかがみ込んで、いったいどうしたの、
家はどこなの、お姉ちゃんと一緒に帰ろうか、と笑顔で話しかけ続けている。
最初は、いっさい口をきかなかったその子なのだけど、徐々に、友達、先に行った、
ボール、あっち、と単語だけだがしゃべるようになり。そして緊張しきった表情も
やわらいできて、金網からも手を離した、手品を見ているようだった。
あーこうやってゆっくりと緊張をほぐしてあげればいいんだ。トラック、ダンプも多い
道路の脇に座り込んでいてすごく恐かっただろうし、それにボールや友達が
どこかにいってしまったっていうのもつらかったんだろうな。

いきなり子供が走り出した、私は自転車、彼女は原付で急いで追いかける。
次の角を左に曲がった、そっちだったら車も少ないし安心だ。
すぐに私たちが追いつくと、こっちをみて初めて笑った。
やっぱり心配だしこの子を家まで届けましょうか、と原付をそこに止めて
またその子に何度も、おうちはどこ、お姉ちゃんと一緒に帰ろう、って
話しかけていた。またいきなり走りだしても困るので、彼女は男の子の右手
をとって歩き出した、そうしたらその子が左手を私の方に差し出してくる。
なんとも照れくさいのだけど中腰になって小さな手を取る、子供と手をつなぐ
なんて初めてのことだ、小さくて柔らかい。

彼女と私の間でときおりぶらさがってみたりするその子、私の右手は落車で
脱臼中なので少し痛かったけど、子供の手を女の子と一緒につないで歩く
という独身の私にはあまり無い状況を楽しんでいた。

その子の頭越しに、どこへ行くところだったんですか、このまま木津のほうまで、
私は買い物帰りでそしたらこの子が座り込んでいたので、と会話をする。
季節は春、周りには菜の花が咲いて、時折吹く風も気持ちがいい。
少し間抜けなのは彼女は原付の半キャップをかぶり、私は自転車ヘルメット
をかぶっている。背の低い人が両手を持ちあげられるようにしていることを
捕まえられた宇宙人状態、なんていうことがあるけど、これでは宇宙人に確保
された地球人だ。足首までのピチピチタイツにピンクのジャージ、カツカツと
音をたてる靴、キノコ頭の男女の宇宙人に連行される地球の子供。

公園に行こうとしたり、また金網に張り付いてみたり、走り出したりもしたけど
なんとか家までたどり着いた。お母さんに事情を説明し、ありがとうございます
と言われた。子供に手を振り、玄関のドアが閉まるのを確認して、原付を駐めた
場所まで一緒に歩いた。23歳、今日は仕事が休みなのでスーパーでお買い物、
35歳、昼から休みなので怪我をしてから初めての長距離、僕は大阪市内、
家はすぐ近くです。子供を発見してから1時間くらいたっていた。

ガチガチだったあの子の緊張をゆっくりと彼女がほぐしていくのを見ていて
きっと優しい子なんだろうな、と考えていた、原付が見えてきた。
彼女と仲良くなることを期待しているわけではないんだけど、突如あらわれた
非日常な出来事が終わってしまうのが寂しかった。彼女は原付のエンジンをかけて
私はビンディングをはめた。ヘルメットのストラップを締め直している間に
ありがとうございました、の言葉を残して走っていった。ケンカの弱い貧弱な体の
ダンプの運転手さんが彼女に絡んでくれていないものか、と考えてはみたけど
そんなことはやっぱり無かった、下りに入ったのでギアを重くして追い風に乗って
スピードをあげた。


「13号線、枚方 樟葉 子供 友達、ボール、あっち、赤色の自転車
 ピンクのジャージ、青い靴、」

彼女が検索エンジンで昨日の出来事を検索した時のために
キーワードを並べておこう。もしこのページにたどりついたなら
you_are_my_destiny@kanatani.netまでメールください。
昨日の出会いの記念にティーカップを贈りますので
紅茶を持って遊びにきてください、峠を原付で先導してくれると
もっとうれしいです(^_^;)


050422005

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April 20, 2005

蓮無徒華

高校を卒業するまでは部活ばかりで特に趣味などは
無かったのだけど、東京に出て浪人生活をしている時に
古いジーンズが好きになった。

草薙君などが出てくる前だったので、XXのデッドストックでもそこそこ安く
買えた。雑誌などで特集が組まれ高騰してしまって手が出せなくなる
までの間にけっこうなお金をつかった。特にアルバイトもしていなかったので
親の右すねくらいはジーンズでかじりつくしてしまったことになる。
23歳くらいからは時計が好きになり、ユニークダイヤル、トリコンパックス、
バブルバックなどの時計を集めた、ジーンズ以上のお金を使ったと思う。

それから10年くらいずっと金回りのよくない生活が続いているので
お金のかかる趣味は持っていない、車は国産の小さいのアパートは
中古だ、アメフトは笑ってしまうくらいお金がかからない。
しかし1年半前から自転車が好きになって、お金を使ってる。
とはいっても稼ぎがしれているから金額的には大したものではないけど
乗り換えばかりしている。ピストも新しいのが完成したばかりなのだけど
LOOKのクロモリフレームを購入しようか悩んでいるところだし、ロードバイクも
1月にTREKからFaustCOPPIに乗り換えたばかりなのに、また新しいフレーム
を手に入れてしまった。

買ったのは、またCOPPIで、フルアルミなのにエアロ加工がされている
モデル(KF1)だ。99年のツールドフランスでボルティが使用していた
自転車なので新品だとはいえけっこう前のものになる、きっと重いし固い。
そもそも同じメーカーの良く似たフレームに乗っているのだから
新たに買う必要は特に無い。だけどとにかくこのフレームの見た目が好き、
しっかりしてそうな深い塗装もいい。カーボンモノコックでおなじみの
有機的な曲線をアルミでわざわざやってるのがたまらない。
そして今は生産されてなくて、またこれからも作られることは無いだろうと
思うと買わずにはいられなかった。

時計ならば機械式はこれからも作られ続けるだろう、デニムが好きと
いうならばビンテージよりも復刻版の方がよっぽどよくできている。
でもこんな自転車が新車で作られることは多分無い。クロモリ、ラグ付きの
ようにビンテージ商品となってしまえばその可能性もあるけど、だとしても
もう少し先のことだろうし、そうなるとは限らない。
それに復刻版的に生産されたとしても、過去のモノ扱いだと、また
違って見えてしまう。ジーンズは今でも普通にはかれているからこそなのだ。
古着の着物を買う人は少ない。
決して最先端のものではないけど過去の遺物というほどのものでもない。
エアロ効果を狙っての曲線ということなんだろうけど、古いアメ車のフィン
のようなもので、重さで相殺(あるいはマイナス)されてしまうだろう。
自転車が職人のカン、工芸的なモノから工場実験、工業のモノに完全に
移行する時期に生まれた徒花みたいなものなのだろうと思う。

他の人にとってはどうだかわからないけど、私にとってはこのフレーム
はすごく格好いい、昔も今も格好いいものが好きだ。
ビンテージジーンズと違って、売り出された頃よりもずっと安い値段、
おまけに好きな黄色も入っている、もうこれで何も言うことは無い。
しばらくは幸せでいられることだろう。

050420kf1

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April 19, 2005

オーストラリアから

ausmtb

オーストラリアにいる妹(コンピュータ関係の仕事)からメール。
「スポーツ自転車を見てみようと思って自転車屋さんに行って見たけど
 高いねー。6万円くらいからやで。」
と書いてあり写真が貼付されてた。
「この店がそうなのか、あるいはオーストラリアがそうなのかはわからない
 けど、MTBばっかりやったで、ロードバイクほとんど無かったわ。」

ということだそうだ。妹の住んでいるのはシドニーの中心部(シティ)なのだけど
別に石畳なわけではないし、少し走れば走りやすい道に出れるからロードで
走るにはとてもいい街だと思うので(前回訪れた時は、私もまだ自転車に乗って
いなかったのでもっぱらジョギングだったけど)ロード愛好家もきっとたくさん
いることだろう。

「今日は天気が良かったので、ボンダイビーチまだ走ってきました。
 昔iMacのイメージカラーになったボンダイブルーってここのビーチの
 海の色からなんやで。私のロードバイクの青色もかなりキレイやろ?」

なんていうメールが写真付きで送られてくるようになって欲しいけど
妹も私同様、体型だけはトラック種目向きなので
「1000MTT用にギブリ欲しいわー、タイムは全然伸びないんやけど。」
なんていうメールになるかもしれない。

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April 18, 2005

体重計

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体脂肪計付き体重計を買った。
表示部分が手元に来るので、コンタクトレンズやめがねを外した
状態でも見やすいのが便利、体脂肪計については誤差が大きい
からあまり気にはしないけど、まああれば楽しいことは確かだ。
(画像は晩ご飯の後でTシャツとパンツ着用で計測)
目指せ75kg&峠最速(^_^;)


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April 15, 2005

金色の輝き

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病院に行って「運動はしちゃだめよ。」と言われ、帰りに近所の自転車屋さん
回転木馬」に行って、ピスト用のチェーンを受け取って装着した。
自転車に乗るようになって、1年以上たつのに自分で整備などがほとんど
できないのはちょっとダメだな、と思い少しずつ覚えるようにしている。
今日はとりあえず、このタイプのチェーンの交換について学んだ。
(ロードのはまだわからない(^^;)

しかし、中古の安ママチャリが買えてしまうかもしれないくらいの価格のチェーン
だけあって金色にメッキされた表面処理がとてもキレイだ。
普段だったら消耗品にお金はかけないのだけど、まだしばらくは床の間
に飾っておくだけのピストなので、ピカピカのチェーンが欲しかった。
それに怪我が治ってもピストに乗る機会は少ないから、このチェーンがダメに
なるころには今日覚えた「チェーン交換」もすっかり忘れてしまっていることだろう。

あさっての日曜日には関西CSCでピストの大会があるし、岸和田競輪場では
愛好会(無料で参加できる走行会、ピストも無料で借りられる。)もある。
とりあえず、駐車場からアパートまでの100メートル、ピストに乗ってみた。
路地のところに実家で20年飼っていた猫と同じ種類(シャム)の猫が歩いていた
ので「チュチュチュチュ」と声をかけてみるが金色のチェーンがまぶしかったのか
スタスタスタと奥に逃げていってしまった。

050415002

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April 10, 2005

サクラ坂

050413001

現在、怪我からのリハビリ中。
ゆっくり河川敷を走ることができたので、速度の遅いヒルクライムも
肩にそんなに負担はかからないだろうと近所の峠まで出かけた。
こぎだしてみたところ、特に肩に問題は無いのでそのまま登りだす。
速度を少しあげても大丈夫、立ちこぎするとちょっと痛い。

脚と心肺は怪我をする前よりも少し弱っているかな、と思うのだけど
ものすごい追い風が吹いているので、途中の通過タイムは一月前と
ほとんど変わらない。次のチェックポイントまでも同じペースをキープ
ラストは追い風の効果が消えたこともあって、少し遅れたけれど
怪我をする前とたいして変わらないタイムで走ることができた。
「1日休めば戻るのに3日、1週間休めば1ヶ月かかる..」
なんていうのは上級者レベルのことであって、私レベルではそんな
たいそうなものではないようだ。

とはいえ、落車してアスファルトの上をのたうちまわっていた時に
(相当の間、まともに自転車には乗れないだろうなあ。)と考えたことを思うと
一月足らずでこうしてロードバイクで坂をのぼったりできるようになって
よかったって思う。無理はしないでのんびりリハビリしていこうと思う。

(お医者さんに坂登ってきたって言ったら、やっぱりおこられた。)

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April 09, 2005

サクラ咲く

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鎖骨の一部骨折と肩鎖関節脱臼の怪我をしてから3週間たった。
アメフトはまだ当分はできそうにないけど、自転車にはゆっくりならば
なんとか乗れそうなので、サドルを下げ、ハンドルを上げて河川敷を
30kmほど走ってきた。
めったに乗らない古いロードで出かけたのだけど、肩に負担のかかる空気入れ
作業が面倒なので、大丈夫だろうと出かけたら、段差でリム打ちパンクして
フロアポンプの10倍くらいつらいハンディポンプでの空気入れを余儀なくされた、ハハ。
それ以外はこけたりすることも無く無事に帰ってくることができた。
久しぶりにロードに乗ることができてとてもうれしかった。

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April 06, 2005

退院と物欲

050408003

めでたく退院したので、その足で外にお出かけしてきた。
桜が咲きかけていたので、団子を買って桜の下で食べたりした。
そこからは自転車屋さんを回って、なんか安いパーツでも無いかな
って見て回った。入院中に書いたblogは「高いパーツなんてムダなんだよ!」
って内容だったのに、退院して自由になるとこんなものだ。
(かなり身勝手に毒を吐いている内容だったのでアップはしなかった、やはり
 入院中はストレスがたまっていたのだろう。しかし乗れないことには変わらない
 ので、今週末の天気が悪いというのを聞いてうれしくなった、私が幸せであって
 こその他の人の幸せを祈る気持ちだ。)

とりあえずは以前から欲しかった日東の便利ホルダーを買った。
下ハンドルを持っているとメーター(速度、心拍)が見えなくいので、一度使って
みたかった。100グラムくらいの重量増になるけど、そんなに軽い自転車ではないので
それくらいは気にしない。夏までに8kgの減量計画も入院で+2kgという状態で、
100グラムなんて誤差の範囲だ。その他にも小物を買ったり注文したりした。

小物以外ではそこそこ安い真っ赤なコルナゴC35なんていうのにちょっと
心引かれたけど、2つ入っていた傷害保険をフルに使ってもそこまでお金は
入ってこない、LOOKのピストフレーム(カーボンじゃあない)のデッドストック
にもかなりココロおどらされたが、570サイズのピストなんてものを欲しい人が
そんなにいるとも思えないので、衝動買いはやめといた。

家に帰って、病院から入札したピストのクランクを受け取って装着してみた。
少し前に同じくオークションで落札したばかりのピストフレーム、まだ一度も
走っていないのに、同じサイズの同じ色のフレームを新品でおフランス製だとは
いえ、数倍の値段で購入するっていうのはあんまり誉められた行為ではないだろうな。

でも、黄色好きの私なのだけど、私の好きなのはこっちの黄色なんだよな。
それにブランド好きなので「LOOK」の名前にはやっぱりひかれる。
さてさて、どうしようかなー、なんて悩みながらオークションを見ていたら
TT用のエアロヘルメットが出品されている。
あれも欲しい、これも欲しい、もっともっと欲しいー♪、ブルーハーツの歌を
口ずさみながら、サイスポ見ながらオークションサイトを見て回る私だった。
退院できてよかった。

050408004

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April 05, 2005

入院生活

高校三年生の冬、当時大ヒットしていた、村上春樹の小説「ノルウェイの森
を大好きになり、東京と寮生活ってものに憧れ、現役での受験にすべて失敗し
東京、江東区の門前仲町にあった予備校の寮で1年を過ごした。
「早稲田村塾」なんていう名前のせいなのか、寮生はちょっとあかぬけない
運動部出身が多く、そこですごした1年はこれまでの35年の中でも相当
楽しい1年だった。北は北海道、南、沖縄、なぜか東京の港区、帰国子女、
甲子園、花園、サッカー、ボクシング、バスケット、水泳・・
そんないろんな人達と語り合ったり、お酒を飲んだり(未成年だったが)
時にはケンカしたりもした。消灯時間になった寮の二階のトイレの窓から
抜け出して運河沿いを歩き、自分達のまだ全く見えない未来や理想を語りあった。
数年前にSMAPの「あの頃の未来に僕らは立っているのかな?」
って歌がヒットした時に思ったあの頃はそんな寮時代だった。

私が今回入院していた病院はスポーツでの怪我が得意分野だ。
手術を終え、麻酔からも覚めて、痛む肩を固定しながらジュースでも
飲もうと3階の談話室に向かった。すでに先客が数人いた。コンタクトを外して
いたのでよくわからなかったが、20歳前後の若者らしかった。
「今日、手術だったんですよね、何でやったんすか?」
多分、スポーツでの怪我が前提になってるんだろうな、と思ったので
「自転車だよ。」と答えると、競輪選手っすか?の答えが帰ってくる。
いや、違うよ、と答えると少し残念そうな顔をして、自分は大学で野球を
しているのですが、高校時代から無理してきていた肩がついに・・
と答えてくれた、続いて自分はサッカーで膝を、もう一人は大学のアメフト部
らしかった、自転車の話やアメフトの話などを少しして部屋に戻った。

夜中になっても眠れないので、また談話室に行くと、消灯時間はとっくに
過ぎているのに、テーブルの周りには数人の姿があった。
コンタクトは外したままだし、廊下の電気も消えているので夕方に会った
子達がいるのかどうかはよくわからない。少し離れたテーブルに座って
清涼飲料水を飲みながら、置いてあったマンガを読みながら彼らの
話を聞いていた。大学野球部とサッカーはいるが、他は違う人みたいだ。
リハビリ、復帰、秋のリーグ戦、それに間に合うのか、自分の高校時代の
練習はこんなだった、こんな先輩がいて、こんな顧問だった、甲子園では
選手権では、そんな話を聞いているのは楽しかった、寮時代を思い出した。

二杯目を飲もうとポケットの中の小銭を探っていると、こんばんわー
という女の子の声が聞こえた。とても背が高い女性だ、バスケかバレー
なのだろうか。2階は女性の入院病棟になっているのでそこからやって
きたのだろう、彼らとはすでに顔なじみみたいで、今日の検査やリハビリ
について話をしていた。私は手術の前日に入院して4日目に退院したのだけど
彼らは私と同じような怪我でも1週間あるいはそれ以上入院しているようだ。
春休みってことと、その後の復帰に向けてのリハビリのスタートくらいまでを
ここでやっておこうということなのかもしれない。

退院してお互い部活に復帰できたら飲み会やろうよ。ええなあ、でもうちら
みんな背高いでー。高校の時からこんなまとまって休みがとれたのは初めて
かもしれんわ。

予備校の寮はすべて男子で、授業もその寮生のみで行われていたの
だけど、予備校の他のクラスは普通に女性もいたので、夏前くらいには
女の子の友達もできて、みんなで一緒にディズニーランドにも行った。
東京の女の子4人と、大阪1人、沖縄1人、静岡1人に渋谷区が1人。
時間よとまれ、うれしいたのしいだいすき、ストップザシーズンインザサン
とてもとても楽しい夏の1日だった。
そのうちの3組がその後付き合うようになったが、翌年の夏にはもう誰も
付き合ってはいなかった。それぞれ自分の大学での生活が楽しくなった
みたいだった。私も憧れていた小説の舞台となったキャンパスを歩いて
みたものの、英文科ってガラではなかったこともあってすぐにやめて
埼玉に安いアパートを借りてまた浪人生活に戻った。

二杯目を飲み終えて、まだまだ盛り上がっている彼らに挨拶して
部屋に帰ることにした。そしたらサッカー部のやつも呼ぶわ、そいつは
Jリーグに行くかもしれへんで。ええなあプロがあるって、うちら卒業したら
もうスポーツはええわって思うわ。

そんな若者達をいつも相手にしているせいか、お医者さんも看護師さんも
みな元気いっぱいだった。また次にコケた時にもこの病院に来ようと思う。
なかなか楽しい入院生活だった。
片手運転でママチャリに乗って家まで帰った、途中の坂では足を着いて押した。

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