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September 18, 2005

ホッとした。

ここ半年くらい連絡がとれなかった友達、マツオの消息がわかった。
元気にしているようでホッとした。

私が自転車に乗るようになったのって彼の影響がすごく大きかったと思う。
彼と知り合ったのは4年くらい前、彼は在宅で仕事(プログラマ)をしていて
私もたいして仕事せずにヒマだったので、よく近所の喫茶店で会って
しゃべっていた。中学生時代に自転車がすごく好きで琵琶湖や淡路島
などを走った話をすごく楽しそうにしていた。大人になってからはオートバイ
の方が好きになって大きいのから小さいのまで何台かオートバイを所有
していた。彼は決して女性にはモテたりしないし、ゲイにもモテない。
万年坊主頭で普段着はジャージか作務衣、少林寺の落ちこぼれ僧
みたいな雰囲気(そういえば空手やってて大学は仏教系だった。)
でも、すごく男に好かれるヤツで私も彼のことがとても好きだった、
私がGIANTの安いMTBを買った時にはすごく喜んでくれた。
「でもロードもいいよ~、オレはロードマンだったけど(笑)」
って言ってたのをよくおぼえている。

そんな彼がアメフトを始めたいってことになって、肩が外れやすいっていう
持病があったり、すでに30歳だったり、中肉中背だったりというハンデが
あったのにも関わらず、頑張って練習していっていた。
私はその前の年でアメフトはもうやめようと思っていた、実際、春のシーズンは
ほとんど参加していなかったのだけど、彼がこれからアメフトを始めるのに
唯一の知り合いである私がいなくなってしまったらつらいだろうなと思ったという
のもあったのだけど、ほんと一生懸命に努力している彼を見ていると私もまた
アメフトがやりたくなってきた。そしてそのシーズンはいい結果(草アメフト
西日本優勝)を残すことができたし、グラウンドに一番近い2人ということで
朝の7時くらいから場所取りをして、河川敷の草むらに寝ころびながらいろんな
ことを話した。プログラマという仕事だったので、アメフトチームのサイトの管理
の手伝いや文章も書いてくれて、いつも私だけが活動報告を書いてたので
二人で交互に書いたり、同時に書いたりするのも楽しかった。

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2003年10月12(日)練習、三島江グラウンド

未経験者マツオの感想

家に帰って、ジャージを洗濯機に放り込もうとしたのだけど
泥だらけだったので、このまま洗ったら洗濯機が壊れてしまいそう
なので、マンションの階段を下りて玄関先にあるホースでジャージ
の泥を落とした。私はもともと汗かきなので、人よりは泥がつきやすい
というのはあるけど、確かに今日のはものすごく汚かった。

スクリメージで私はNGに入った。
本来のポジションはDBだったはずなのに、気がつけば
背番号は50番になって、ラインの練習に参加している
私がいる、本日もいつものように4ポイントでセットした。
ふと対面を見ると、管理者カナタニがいる。
彼はモー娘オタクのくせになかなか強いラインだ..
というか自分でそう言っているのでそういうことにしておく。
そしてその両横には多畑、井上、がいる。
こちらは本当に強いラインだ、関西、関東のXリーグのトップ
チームで10年間くらいスタートをつとめてきた人達だ。

そんな二人+モーオタが私をブロックしにくる。
ダブルがやってきてひっくり返されたと思ったら
次はトリプルなんてものがやってくる、波にさらわれる
というのはまさにあんな感じではないかと思うくらいの
いきおいで持ち上げられ地面にたたきつけられる。
そしてとどめとばかりにモーオタが私の上を威嚇するように
飛び越えてセーフティをブロックしにいく。

ラインのポジションに入る機会も増えて、たまには
ボールキャリアをタックルすることだってある。
しかし今日はタックルできない、触れない、近づくことすら
できない、イヤになる、体も頭も痛くなってくる。
そんな状態ではモーオタ1人にもひっくり返されてしまう。
「砂を噛む思い」っていうのはこんな気持ちを言うんだって
実感した頃にやっと練習は終わった。

あらかたジャージの泥を落とし終えて、しぼって水を切る。
のどがかわいたので自販機でポカリスエットを飲む。
秋の日差しで焼けた体にとてもおいしく吸収されていく。
体はすでにとても痛いけど、30歳になって今年アメフトを
始めたばかりの私があんなメンバー(除モーオタ)と
一緒に当たってもらえるなんてなんて幸せなことなのだろう
って思う。

せっかく始めたアメフトだから、上手くなりたい。
そしてこんないい環境があるのだから、いろいろ教えて
もらいたい、教えがいの無い未経験のおっさんですが
これからいろいろ教えてください、よろしくお願いします。


管理者カナタニの感想

っていうか私はもはやモーオタではない。
買う雑誌もアイドル雑誌から、サイスポ、ファンライド
といった自転車雑誌ばかりだ、今やチャリオタなのだ。
モー娘。の六期メンバーの名前は言えないけど、シマノのギアの
グレードは下から上まで全部言えるし、カーボンフレームについて
の方が、カーゴちゃんの激太りについてよりも語れる自信はある。

チームの自転車クラブにも新たに#51堀内が入会した(クロモリの
JamisのMTBを買った。)こともあり、11月の鈴鹿サーキットでの
耐久レースに向けて超盛り上がり中なのである、そんな私では
あるけどまだまだ未経験のマツオに当たりで負けるわけにはいかない。

私のプライベートでのアメフトも、8年目になる。Xリーグを知り尽くして
いるのが井上、多畑なら私もプライベートリーグについてはそこそこ
知っている。アメフトチームのホームページ歴も7年目でなり、これまで
100人以上の選手を迎え入れてきた。その中には当然、全くの未経験者
も多く含まれていた。

しかしながらその全くの未経験者の多くは、いろんな事情でせっかく
始めたアメフトから離れていった。単純に転勤、コンタクトスポーツに
たいしての不向き、いろんな理由があるけれども、やっぱり未経験者が
週に一度の練習で経験者達と肩を並べるようになるのは相当に困難である
という部分が一番大きい、ついていけない、怪我をする。
もちろんそれは当然のことだ、私も昨年から週に一度バスケを始めたけど
経験者であるマツオには全くかなわないというか同じ土俵にたてていない
彼が手を抜いてそれでやっとお相手していただける、という状況だ。

アメフトをはじめたはいいけど、試合になかなか出れない、試合の大勢が
決まればなんとか出してもらえるけどそこから先にいくにはものすごく
大きな壁がある。しかしそんな中でマツオはなかなかよくやっていると思う。
1月の自主練習から参加して、もう9ヶ月になる。ここまで続く人っていうのは
けっこう少ないものなのだ。

そしてロングスナップといういわばスキルポジションでスターターで出場した
というのはものすごいことだ。少なくとも私のバスケよりはずっと高いレベル
にいる。

そんな彼が今日は私の対面に来た。ブラストなどでダブルチームを受けると
対処を知らないこともあって、押されまくってアオテンする。
後半、センターが井上になった時には、多畑とのダブルを受けて、もんどり
うつように転がっていた。全くの未経験者に対してのばりばりの経験者の
ダブルチーム「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会いのように」なんとも
シュールレアリスムな光景だな、って思った、ありえない..

しかしそんなシュールな組み合わせが実現するのが、草アメフトの面白い
ところである。東京の草アメフトチームにいた頃、高校でしか経験の無い
私にセンターについて教えてくれたのは、HPを見てやってきた関学での
経験者の方だった、ライン全般については同じくHPでの法政の方だった。
しょぼい高校だけの経験者が一流の選手と出会える、全くの未経験者が
一流選手にダブルチームを食らう、そんな場所である草アメフトがおもしろく
そしてその変わった組み合わせの両方を求めて、こうして更新作業をしている。

自転車もモー娘。も好きだけど、やっぱりアメフトが一番面白いって思う。
私自身もセンターとして両Gの二人から毎週、学ぶことがたくさん出てくる。
34歳になってもまだまだ上手くなれるそう思えることがすごくうれしい。

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たった2年前のことなのだけど、ずいぶん昔のことに思える。
アメフトから少し距離を置いた今の生活だと、昔も淡々とアメフトに接していた
ように思ってしまうけど、けっこう熱く取り組んでいたんだなって思う。
この年の11月にマツオと私とジュンジの3人で鈴鹿の8時間耐久レース
に参加した。自転車は私のロードとMTBの2台だけで、途中からはロード
を3人で共有して走った。一人がピットに戻ってくると、六角レンチでサドル
高さの調整をして、ヘルメットを渡して(一つしかなかった)、次の人がスタート
するっていうレベルだったのだけど、でもそれがきっかけですごく自転車が
好きになった。そしてその時からマツオも真剣にロードバイク購入計画を
立てだして、昨年の夏にピナレロのガリレオを入手して、今度は自転車を
通じてマツオといろいろ遊べるのかなと思っていたのだけど、そのころから急に
仕事が忙しくなり、秋の鈴鹿もエントリーしていたのだけど結局参加できず
だった。そして今年の春くらいからは連絡も無くなってしまった。
私もジュンジもけっこう心配したのだけど、電話してもかえってこないし、メール
アドレスも変更されていたので、「まあ電話が使われているってことは生きては
いるんだよな(笑)」なんて言っていた。
人づてだけど、元気にしているってことを聞いてすごく安心した。まだ忙しい
のかもしれないけど、また一緒に走ろう、いつでも電話ちょうだい。


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